「寝ていた」さすが阿炎されど阿炎~なぜニュース記者は発言の一部だけを切り取って記事を書くのか

SNS研修 相撲好きの独り言

2月4日に力士衆らを集めて開かれたSNS研修会でそもそもの発端だった阿炎が集まった記者さん達に対して「寝ていて聞いてなかった」と発言してまた騒動になりましたね。

もちろん本当に聞いてなかったわけではなく「いろいろ学ぶところもあった」とちゃんと殊勝なコメントもしているのですが、メディアによっては「聞いてなかった」の部分だけを切り取った記事を書いたところもあったようです。

そのお陰でその記事しか見てない人に阿炎はまったく反省していないという誤解を生みかねなかったのですが、なぜメディアは(相撲に限らずですが)こんな風に事実の一部分だけ切り取るような記事の書き方をするのでしょうか。

阿炎、大いに反省する

力士等を対象としたSNS研修会は外部から講師を招いて行われました。SNSやってない力士衆にしてみればあまり興味ない話だったかも知れません。

こういう研修を開くきっかけになった阿炎は、研修会場に入る親方衆一人一人に最後まできちんと挨拶をしていました。

つい出ちゃった阿炎の性格

SNS研修の内容は口外しないようにとのことだったようです。別に伏せなくちゃならん内容でもなかろうにと思うのですが。

これ以上答えようのないことをしつこく尋ねられた阿炎は囲み取材をさっさと終わらせたくて「寝てた」「聞いてない」と口にしてしまったわけですが、このあたりに阿炎の性格が出ちゃったなあと。

阿炎はこれまでにも自身のSNS上でちょっとした炎上を経験しています。

そういうとき、阿炎は黙ってやり過ごせばいいのに何かしらのコメントしてさらに叩かれることがありました。どうやら阿炎は面倒ごとが起きると早く収束させたい気持ちが表に出てしまうところがあるようです。

そういう気持ちから今回も冗談半分のつもりで「寝てた」と言ってしまったようですが、残念ながら冗談として受け流してくれる記者さんばかりではなかったと(苦笑)

なぜ一部だけ切り取られてしまうのか

研修後の阿炎の「寝ていた」発言はソッコーで記事になりました。それを見た理事の親方は「バカにしてるのか!」とたいそうお怒りで、阿炎は師匠ともども翌日呼び出されてまた謝罪することとなりました。

「いろいろ学ぶこともあった」という発言と一緒に記事にしたところもありましたが、「爆睡していた」とあたかも阿炎がなんでこんな研修が開かれたのか理解してないかのような書き方のところもありました。

理解してないわけはなかろうと思うのですよ。なんぼ無邪気な悪ガキのような阿炎とて25歳のいい大人ですから。

記事はタイトルで9割勝負がつく

同じ事柄に対して各社が記事を書いて並べた時、読み手は記事のタイトルを見てどれを読むかを決めます。といってもタイトルと記事の内容があまりにかけ離れていてはニュース記事として成り立ちません。

同じ内容を各社が同じタイトルで記事にしたんじゃ差別化が図れませんから、いかに目につくタイトルで読み手の気持ちをつかむか、ここがまずもっての記者さんの腕の見せ所となります。

阿炎の「寝ていて聞いてなかった」は取材した記者さんたちにとって非常にキャッチーで美味しい発言だったろうと思います。

紙の新聞にはどう書かれてる?

紙のスポーツ紙はどう書かれてるんだろかと試しに何部か買ってみたところ、新聞には紙面という限りがあるためネットで読む記事よりも短く要約されて小さな扱いでした。

残念ながら前の記事が載ったスポーツ紙は手に入らなかったので、果たしてその会社のスポーツ紙記事で「寝ていた」だけ取り上げたのか、「寝ていたとけむに巻いた」と書いたのかが分からなかったのが少々残念。

相撲に関するニュースを読もうと思えばネット記事の方がはるかに詳しいしいろんな人を取り上げてくれています。我々相撲民にとっての紙のスポーツ紙は、白菜や大根包んで保存するくらいの価値しかないわぁと思います。

タダのネット記事も儲けが出る

ところで、紙のスポーツ紙はお金出して買って読むものですが、ネット記事はネット環境がありさえすればタダで読めるものがほとんどです。

わざわざ紙の新聞買わなくたってネットがあればより詳しい記事がタダで読めちゃう。なにそれボランティア?

ネット記事だって儲けが出てます。ページの途中にある広告と関連記事に紛れているスポンサー記事。キャッチーなタイトルでより多くの人がその記事を見てくれれば、どこかに表示されてる広告記事に興味を持って流れていく人が一定数いますから。

報道と読み手の感性

少し前の 佐々木一郎氏 のツイートにこんなのがあります。

力士の取材は人間関係がことさら重要と言われます。新米相撲記者はそれこそ見向きもしてもらえなかったりするそうな。それでも靴を何足もつぶしながら足げく通い、時には一緒にお酒を飲んだりして信頼関係を築いて一人前だと、どこかで読みました。

昔は支度部屋で少々口が過ぎた力士の言葉を記者さんたちがあえてオフレコにしたこともあったと聞きます。昔のお相撲さんはイマドキのお相撲さんよりはるかにやんちゃで血の気が多かったですから、「それ言っちゃだめでしょ」ということが時々あったらしい(笑)

今は、読み手のニーズに応えようと思ったらネガティブなことを前面に出した方が食いつきがいい時代になりました。Twitter眺めててもネガティブなニュースや意見がずらずら出てきていいねがいっぱいついてます。

多くの人のアンテナがネガティブな情報をよりキャッチするようにチューニングされちゃってるんでしょう。 記事書く方が余計な誇張をすれば、それをまるっと信じてしまう人もいる。 どうかすれば「かも知れない」が推定ではなく断定だと受け取ってしまう人もいる。

しかし、同じ事柄についていろんな取材記事を読み比べてみるとホントのところがだーいたいは見えてくるものです。阿炎が研修の後で「寝てた」って言ったぁ?ああ、記者さんたちがうざくなって早く散らしたくてそういう言葉を使っちゃったのね、なるほど。阿炎ったらしょーがないねぇ みたいな。

読み手の私たちは記者さん方みたいにお相撲さんのごく近いところで日々見守ることが出来ません。 何かあった時は取材記事が頼みです。

どこもかしこもネガティブに誇張された記事を出すようになったら、それはもうホントのところがどこかに行ってしまいます。

AIが記事書くわけじゃないから記者さんの主観が多少入るのは仕方がないけど、読み手としてはちゃんとした母体を持つメディアであるならネガティブチューニングされた感性で偏った記事だけは書かないで欲しいなぁと思うのであります。

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