貴乃花親方のことは悩ましいけど…それはともかく 豊ノ島再十両おめでとおおお!!!

大露羅ついに引退!歴代最重量の巨漢力士を故北の湖理事長が誰より可愛がったわけ

推し力士への差し入れに!印象に残りまくりです

大露羅 力士衆と親方

【速報】
大露羅が18年あまりの土俵生活に別れを告げて秋場所限りで引退です。最後の一番の結果は?

長く破られなかった元大関 小錦の最重量力士の記録をとうとう追い越してしまった序二段力士の大露羅。逸ノ城がかつて「200キロ超えは人じゃなくて牛」と言ってましたが、大露羅は200キロを軽々超えて平成最後の秋場所の体重が292.5キロを記録しております。

大露羅は2015年の九州場所中に急逝した北の湖前理事長の付け人を長年務めていて、理事長秘書のあだ名がつくほど重用されました。なぜ100場所以上土俵に上がりながら幕下に上れたのが数場所しかない激よわの大露羅を北の湖理事長はあれほど可愛がったのでしょうか。



大露羅はロシア人

大露羅 敏 190.5センチ292.5キロ
本名:アナトリイ・ヴァレリエヴィチ・ミハハノフ
Анатолий Валерьевич Михаханов)
1983年4月26日生まれ 山響部屋所属

大露羅、おおろらと読みます。もうね、キラキラしてます。角界のキラキラ四股名と言えば元北桜の式秀部屋のお相撲さんかと思いますが、元北の湖部屋の山響部屋に所属のお相撲さんです。その極端な容姿で注目されてロラちゃんとおおろらタンと呼ばれて人気ですね。

大露羅はロシア人力士第一号として2000年に5年前に部屋を興したばかりの北の湖理事長(当時は北の湖親方)がスカウトしてきました。もともと相撲に興味があったそうで、入門時にはすでに200キロちかい体重でした。

大露羅

太りすぎてて顔と首の境もわかんないし、もともとどういう顔だったのかも分からない。出身地のロシア連邦ブリヤート共和国はモンゴルに接する位置にありますから、アジア系が強いかなと思います。

オーロラというとカナダとかフィンランドをまず思い浮かべます。ロシアでオーロラは見えるのかいなと思って調べてみましたが、シベリアを含む北部では見えるようですが大露羅の出身地であるブリヤート共和国はロシア南部なので、四股名のとおりにオーロラが見えるかどうかは微妙です。

北の湖理事長と大露羅

大露羅は入門2年目から北の湖理事長の付け人になり、理事長が場所中に急逝するまで14年に渡ってその大きな身体を理事長の傍らに置いていました。

…というか、かれこれ10年以上を三段目で過ごした安定した成績ですから、晴れて関取になって付け人を卒業する機会がなかったとういうのもあるでしょう。

大露羅は取材のために押しかける記者さんたちをさばくのが非常に上手かったといいます。部屋所属だった白露山の大麻所持事件で頭を抱えているときや病気に苦しんでいる理事長を間近にして、取材攻勢から守ろうと頑張っていたのだと思います。

oorora

理事長は大露羅に「頑張ることに価値があるんだ」と番付けを上げられないことを咎めなかったそうです。大露羅のような強くはないけど目を疑うような姿かたちのお相撲さんの存在も興行としての大相撲には必要だと考えたのかも知れませんね。

北の湖理事長は現役時代に江戸の華という弓取りを長いこと務めた力士を付け人にしていました。江戸の華も大露羅ほどではないけれど非常にでぶでぶと太ったお相撲さんでしたから、素質がなくて関取にはなれなさそうなタイプを付け人にしてそばに置いてやりたい気持ちがあったのではと思います。

大露羅

身体が大きくなりすぎて土俵の上では自分から動くことすらままならないので組んだ相手が疲れるのを待つという取り口は、理事長が横綱時代に水入りの大相撲になると身体の力を抜いて相手の差し手の上にかぶさり、相手の腕が疲れてくるのを待ったという秘伝(?)を直伝されたのかもなと思います。



時には理事長が甘えた?

北の湖理事長は部屋の弟子衆を可愛がりました。ときには稽古あがりに部屋で宴会を始めることもあったそうです。現役時代は酒豪で鳴らした理事長でしたが、2008年の還暦土俵入の際に直腸ガンの手術をしたことを公表してからは体のことを考えてお酒をうんと控えていたそうです。

しかし、宴会になると理事長は時々甘えて「大露羅さん、もう一杯お願いします」とお酒のお代わりをねだることもあったそうです。それに対して大露羅「親父(北の湖部屋では理事長をこう呼びました)、飲みすぎだからダメ!」

北の湖理事長はカメラの前ではたいてい怖い顔をしていましたが、素顔は気さくで冗談好きな人物だったそうです。

2015年11月20日、北の湖理事長は福岡市内の病院に緊急搬送されます。「もう3歩も歩けない…」と理事長が珍しく弱音を吐いた数日後でした。

そのときにも大露羅は理事長の傍についていました。意識を失った理事長は突然痙攣を起こし、舌をかんではいけないと大露羅はとっさに親指を理事長の口に入れました。かみ締めた口の中で爪が割れ血が流れました。

北の湖理事長の意識は戻らず、直腸ガンによる多臓器不全で理事長は帰らぬ人となりました。最期を看取ったのも大露羅でした。

大露羅が北の湖理事長に可愛がられたのは、大きな身体に似合わない細やかな気遣いができたからだろうと思います。

理事長秘書を解かれて

大露羅は相変わらず相撲を取っています。理事長が亡くなって師匠が山響親方に代わっても、ロシアに帰ることなく大きな身体をゆさゆささせています。秋場所の番付は序二段12枚目。呼び上げられてもすんなり土俵に上ることができず、手と膝をついてやっとこさ上ることが多くなってきました。

大露羅は折につけて北の湖理事長のお墓参りをしています。理事長が亡くなってから先代の女将さんに理事長が16歳当時の写真を見せてもらって「16歳で幕下ってすごい!」と無邪気にツイートしていました。

17歳で日本にやってきてただいま35歳。体が大きすぎて、弟の結婚式のために一時帰国した際に飛行機のシートベルトは足りないトイレにも入れないで大変な思いをしたため「もう飛行機には絶対乗りたくない!」と言っていたそうですが、力士としてこの先長くは土俵に上れないかも知れません。

それでも理事長に言われた「頑張ることに価値がある」を守ってゆさゆさのたのたと頑張って欲しいものです。

【追記】

大露羅引退

2018年秋場所限りで引退を決めた大露羅は、現役最後の一番を白星で終えることができました。千秋楽に断髪し、その後故郷のロシアに帰国してスポーツ関連イベントの仕事をするそうです。

今年5月は北の湖理事長が生きていれば定年を迎えていました。理事長がなくなる前年に理事長と交わした約束「オヤジの定年まで頑張る」を守って頑張ってきました。帰国したらジムに通ってがりがりになりたいそうです(笑)

さよなら大露羅。相撲ファンはみんなあなたのことが大好きでしたよ。どうかお元気で!



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