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兄弟子のための塩だったのに…の闘牙~大相撲のちょっとほっこりする話

和むお相撲さん お相撲あれこれ

一場所に一年分くらいのトピックが詰め込まれてたような初場所が終わりました。2月はやれ豆まきだ花相撲だ福祉大相撲だと力士衆は巡業に出なくても大忙しです。ま、偶数月にはどんよりしてしまう相撲好きにとってはテレビ中継があったりするので嬉しい限りですが。

さて、角界はここ1~2年土俵の外のうんざりニュースが続きました。…鳴戸部屋でまた暴力事例が発覚しているので過去形じゃないんだけど…。ここではちょっとほっこりする話をいくつかご紹介します。

栃ノ心 臥牙丸と泣いた夜

栃ノ心と臥牙丸

一体なにが起きたのかと思うほどの強さで平幕優勝から4場所目で大関に昇進した栃ノ心。大関になってからはケガで思うような相撲が取れずに苦労していますが、そんな栃ノ心が優勝するより前のお話。

2017年の初場所、小結だった栃ノ心はかつて長く張った関取から幕下まで落ちる原因となった右膝の古傷をまた傷めてしまいました。

さすがにこの時は落ち込み、また靭帯を切っていたら引退することを考えたそうです。

そんな栃ノ心を心配した同郷の大親友である臥牙丸は栃ノ心に付き添って夜遅くに国技館近くの病院を訪ねます。とっくに診療時間は終わっていましたが「お願いします」と2人で頭を下げてMRIを撮ってもらいました。

…インターホンで呼ばれてドアを開けた病院の方はさぞかし驚いたに違いない。

診察の結果は「靭帯は切れてませんね」

それを聞いて2人して良かった良かったと泣いたということでした。涙ながらに医師に「ありがとございます!」と何度も繰り返したであろう様子が目に浮かびます。

成田からの直行便もない遠いジョージアからやってきた2人は番付に差がついた今でもとっても仲良しです。我が事のように心配し喜んでくれる友達がいるからこそお互い頑張れているのかも知れません。

千田川親方(元小結 闘牙) 兄弟子のための塩が…

千田川親方

現役力士のメガネ番長は錦木ですが、審判席のメガネ番長 千田川親方が闘牙の四股名で土俵に上っていた頃のお話。闘牙といえばもみあげ力士として隆の鶴(現 田子ノ浦親方)と見分けがつかなかったことで有名です。

闘牙は高砂部屋の力士で、大量塩まきで人気だった部屋の先輩の水戸泉(現 錦戸親方)の付け人をしていました。水戸泉からの信任は厚く、ドラクエのレベル上げを依頼されるほどだったそうです。

多くのケガを抱えながら38歳まで土俵に上り続けた水戸泉が2000年秋場所限りで引退を発表したとき、闘牙は付け人を卒業して幕内で相撲をとっていました。

引退発表の翌日に闘牙は水戸泉への手向けとして、自分の取組の時に水戸泉を真似て大量の塩を撒いたのです。

…しかし、普段そんなに大量の塩を撒いたことがないので、闘牙、撒いた塩を自分で全部かぶってしまい、挙句に千代天山に負けて負け越し決定(涙)。

水戸泉とのよい関係は続いており、現在は錦戸部屋付の親方として指導に当っています。

兄弟子が付け人なんです

力士は出世して関取になれば付け人がついて身の回りの世話をしてもらいます。番付至上主義の世界ですから兄弟子が付け人につくことも珍しくありません。

北の湖 横綱になっても

北の湖

昭和の大横綱として名を刻む北の湖(本名:小畑敏満)が地元北海道から単身上京して入門したのは若干13歳の時でした。小学生の時から「有珠に怪童あり」と角界から注目されていた存在だったようです。

朝稽古を終えてから学校に通っていたため授業中はほぼ熟睡。教師は「小畑くんは稽古で疲れてるからそっとしておきなさい」とほっといてくれたそうです。のどかな良い時代です。そういうよき環境もあって、素質十分の北の湖少年は中学在学中に早くも幕下で相撲を取っていました

1972年ごろにさすがに中学生がプロの土俵に上るのはいかがなものか?ということで入門資格に「義務教育を終了していること」が加わったため、中学生幕下は後にも先にも北の湖ただ一人です。こんな調子で並外れた強さがあった北の湖が横綱に昇進したのは21歳2ヶ月の時でした。

若き横綱の付け人は兄弟子が務めていました。支度部屋で取組の時間が迫ると

付け人「おい 敏満!時間だぞ!」

北の湖「はいっ!」

偉くなっても兄弟子は兄弟子です。

逸ノ城・御嶽海 偉そうにしてごめんなさい

高校・大学在学中に優れた成績を修めたことで幕下付出資格で入ってくる力士が多くなりました。こういう人はスピード出世ゆえに付け人をした経験がないまま関取になっていきます。

逸ノ城

2014年初場所で幕下付出15枚目格でデビューした逸ノ城は幕下を2場所で通過し入門3場所目の新十両場所で十両優勝してみせました。

翌場所も13勝を挙げ、5場所目には新入幕で金星と1つと殊勲賞・敢闘賞をさらっていくという怒涛の如き快進撃に関取衆はとんでもないモンが上ってきたと震え上がったんじゃないかと思います。

ジャムパン大好き稽古は苦手、純情そうな笑顔が可愛いいっちゃんですが、デビューした年はあっという間に部屋頭になってしまったこともあって勘違いをした模様です。

関取になって付いてくれた付け人に何やら偉そうで不遜な態度を取ったことがおかみさんに見つかり大目玉を食らいました。逸ノ城にとって一番怖いのは師匠よりおかみさんかも知れません。

御嶽海も逸ノ城と同じように幕下10枚目格付出でデビューし幕下を2場所で通過、新十両で十両優勝、入門5場所目には幕内力士に名を連ねたスピード出世です。御嶽海には関取昇進の頃から海龍という兄弟子が付け人についています。

御嶽海の地元長野では久しぶりに出た関取ということで十両に上った頃から盛んに長野ローカルの番組で御嶽海を取り上げていました。そんな番組の中で、関取になると付け人に身の回りの世話をしてもらうという話をしていた時のひとコマ。

アナウンサー:付け人さんって兄弟子ですよね?気を使わないんですか?

御嶽海:使わないっすね

アナウンサー:叱られたりとかないんですか?

御嶽海:ないっす。何しても怒らないんで。

こう言いながら2歳年上の海龍の顔をつついたりつねったりしていたのですが、しばらく黙っていた海龍

海龍:…お前、いい加減にしろよ!(怒)

御嶽海:はい すいません…

教訓 悪ふざけもほどほどに。

昨年名古屋場所で優勝したとき、興奮冷めやらぬ顔で花道を引き上げてきた御嶽海は待っていた海龍にがばっと抱きつきました。

海龍は御嶽海の身の回りのことをほぼ完璧に把握していて「アレ」と言われただけで「アレ」が何か分るだけでなくモーニングコールまでしてくれる頼れる存在です。

あの抱擁は御嶽海の信頼の証だったと、私は思います。

ただ、御嶽海は年上の女性が好みと公言していますが、要するに気を使わなくても先回りしてくれるお母さん的面倒見の良さに甘えたいという意味なんだろうな(笑)

土俵の上では自分一人で闘うお相撲さんたちも、土俵の外で支えたり支えられたりして精進を重ねているんですね。

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