元翔天狼が借りていた『春日山』の名跡が所有者の勢のもとに戻されました

ベテラン豊ノ島の引退後で考える親方の株ってどうやって手に入れるの?

豊ノ島 お相撲あれこれ

本人予想のはるか上を行く2年の幕下生活から脱出し、やっぱりよく似合う大銀杏を載せて土俵に上る豊ノ島。春場所で念願の再入幕を果たしたもののイマイチ元気なく夏場所は十両筆頭に番付を下げておりました。

幸い夏場所は勝ち越せたので再び幕内で名古屋を迎えることになると思いますが、年寄株を手放してしまった豊ノ島にとってはやれやれと安心してばかりもいられないかも知れません。

今年35歳になる豊ノ島の今後が話題になると年寄名跡のことが必ず出てきます。ところで、年寄名跡ってそもそもどうやって手に入れるものなんでしょう



年寄名跡を取得する、とは?

ベテランになって力が落ちてきた力士やケガなどで下の番付に落ちて一場所7番の相撲を余儀なくされている力士について話すとき、なんとなくカジュアルに年寄名跡…いわゆる親方株の有無についての話が出てきます。

年寄名跡証書

年寄名跡を取得してその名を名乗る資格を持ってることを証明する証書、これが年寄名跡証書です。株券みたいな見てくれをしています。

襲名者はこれを持ってなくちゃいけないわけですが、借金のカタにされたり現職のまま証書を他人に譲り渡してしまって協会から提出を求められた時に出せなくて廃業を余儀なくされた親方が出たため、名跡は協会が管理することになっています。

これによってその名跡を襲名するためには理事会の承認が必要になり、その名跡が誰の所有かがはっきりするようになりました。

たかが紙切れではありますが、車の運転するのに運転免許証が必要で他人に貸したり譲ったりできないようなものですな。

欲しいと思ってすぐ手に入るものじゃない

現在の年寄株の数は105あります。そのうち現時点(2019年夏場所後)で誰も襲名していない空き名跡は4つありますがいずれも誰かのものです。

つまり、「株を手に入れて親方になればいいじゃ~ん」と軽く言ってもすべての株がすでに誰かのものなので「ごめんください この株ください」というわけにはいきません。

現在は使われていない古い名跡を復活させないかぎり所有者から譲ってもらわなくては襲名できない仕組みになっています。

それでもお金は必要だ

かつて年寄名跡を手に入れるためには億の金が動いたと言われました。

いくら関取が高給取りだとは言え億のお金をぽんと出せる人ばかりではありませんでしたから、襲名後に金銭トラブルに巻き込まれるケースもありました。

現在は協会が管理して年寄株の売買が禁止されています。

しかし、今でもやはり年寄株を手に入れるためにはけっこうな金額が必要だといわれます。これは、株そのものを売り買いすることは表向き禁じられてはいますが、「顧問料」という名目で新たな襲名者が前の所有者にお金を払うことが認められているからです。

その「顧問料」がどれくらいの金額なのかは明らかにはされませんが、かつて名跡取得に巨額のお金が必要だった時代に苦労して手に入れた年かさの親方衆からしてみれば いきなりタダで寄越せと言われても…というのはあるんじゃないかと。



親方になるには人間関係が超大事

さて、年寄株はすべて「誰かのもの」なわけですが、ではどうやって現役の力士は株を手に入れるのだろう?という疑問が出てきます。

名跡は師匠が用意する

親方株は師匠が用意するのが基本です。相撲の師弟関係は親子同然と言われますから、子の引退後の道筋を親がつけてやるということです。ただしそれは親方の義務ではありません。

部屋の後継者になれば株は要らんのではないか?と尋ねられたことがありますが、後継者が現役を引退するのと同時に師匠が退職するのでない限り、師匠が退くまでは必ず親方株が必要になります。

例えば佐ノ山の名跡は、現在は元里山が借りて名乗っていますが所有者は九重部屋の千代鳳です。その前の佐ノ山は現在の九重親方(元大関 千代大海)です。九重親方は自身が九重を襲名したときに、先代九重(千代の富士)に用意してもらった名跡をその時の部屋頭だった千代鳳に譲りました。

将来的に千代鳳が佐ノ山ー九重コースを歩むのかどうかはまだ分りません。しかし、九重親方の腹積もりとしては、部屋の弟子の誰かに佐ノ山を継がせてから部屋を譲って『九重部屋』を途絶えさせないように考えているのだと思います。

師匠と弟子の人間関係

元横綱 稀勢の里は先代の鳴戸親方(元横綱 隆の里)がその素質に惚れて入門させた弟子でした。稀勢の里が襲名した『荒磯』は先代の鳴戸親方がたいそう苦労して稀勢の里のために用意したと言われます。

稀勢の里

一方で親方も弟子も人間ですから、時にはどうにも反りが合わない…(泣)というケースもあります。

元琴欧洲の鳴戸親方は、当代佐渡ヶ嶽親方とは兄弟弟子の関係ですが、現役時代は実はあまり折り合いがよろしくありませんでした。

琴欧洲は引退後しばらく『琴欧洲親方』という現役名親方で部屋付をしながら独立の準備をしていました。これは折り合いが悪かった故に佐渡ヶ嶽親方が新たな名跡を用意しなかったためだと言われています。

タニマチの助け

タニマチとは力士やその部屋を個人的に応援してくれるスポンサーみたいなものです。AKBグループの総選挙で、何百万円もつぎ込んで推しの子に大量投票する人の話が出てきてましたが、これにちょっと似てますね。

その人個人にほれ込んで応援しようという気概を援助の形で示してくれるのがタニマチです。

資金力のあるタニマチを『太い』と表現します。

太いタニマチとの人間関係が強固に築けていれば、引退後に部屋を興して弟子を育てたいけれど手持ちの資金では足りない(新たな相撲部屋の施設建設にはお金がかかります)というような時に資金援助を受けられることもあります。



借株と一門

親方衆の中には正式な名跡所有者から親方名を借りている借株の親方が少なからずいます。

協会サイドとしては後々トラブルの種になりかねない借株を禁止してはいるのですが、これを厳格にしたところ空き名跡(誰も襲名していない名跡)だらけになってしまったためになし崩しになったようです。

相撲界の慣わしとしては師匠に用意してもらった名跡を自分の弟子に、それが叶わなければ一門の誰かに取得させて受け継がせるのが理想です。相撲界は部屋の枠より一門の枠の方が固いんじゃなかろうか。

しかし、さまざまな事情で名跡が一門外に出てしまうこともあります。

豊ノ島が以前所有していた錦島は先々代の時津風親方が持っていた名跡で、以後ずっと時津風部屋の力士が所有者でした。ところが豊ノ島が幕下に落っこちている間に高砂部屋の元朝赤龍が取得して襲名することに。錦島の名跡を一門外に出したことはちょっと驚きでした。

豊ノ島はめでたく関取に戻りましたが、これから頑張って新たな株の取得をするのか、はたまた角界を後にして芸能活動でも始めるのか、これについての答えを出すためにいろいろ考える時間はそう長くないかもしれません。



コメント